仕事をいただけるようになって、心が折れてしまいそうな忙しさを乗り越え、それなりに事業らしくなってくると自分自身はそんなに朝から晩まで現場で仕事をしなくても事業はまわるようになってきました。購入する仕入れや発注額も増え、「社長」と世間で呼ばれることも増えてきました。こうなると不思議なもので少しずつ勘違いしていくんですね。生活が仕事とそれにより得るお金が中心になっていき、まだまだ駆け出しのくせに自分はある程度いけてるんじゃない??なんて思いだします。勿論、そう思うに値するかは別として人並み以上に仕事に明け暮れていたのは事実です。しかし今思えばいろいろ間違っていたと思います。

そんな頃、年末の忙しさをなんとか乗り越え、クリスマス前後の週末に従業員たちと確かピザを頼んだりして飲もう!となっていた日の夜、父親から電話があり「今からお前の家に行くわ。孫の顔も見たいから」と連絡がありました。ちょうど長男が1歳半くらいだったでしょうか。私は従業員と飲む予定だったし、こっちも忙しいから急に来られても困るし、今度からは事前に言ってくれと伝えて断り、すでに私の家に向かっていた両親を追い返してしまいました。

年が明け、そのころモデルチェンジされたクラウンの新車(ゼロクラウンと宣伝されていた)を勢いで購入しました。納車には1か月ほどかかりますが、今まで苦労や心配をかけた父親には黙っておき納車されてから見せて「どうだ~俺だって凄いだろ!」とびっくりさせてやろうとか思っていました。自分の成長というか頑張りをわかって欲しかったのもありました。そしてドライブでも連れていきたいな~なんて考えて。納車予定は2月中旬か下旬だったかと思います。

しかし2月の初め、日曜日に職人さんを集めて、自分も現場に張り付いて現場作業を追い込んでいたところ、姉から父親が倒れ病院に運ばれたと連絡がありました。これまでも父親は体調を崩していたこともあったので「またか」といった感覚で、今は仕事抜けれないから仕事が終わったらまた連絡すると電話を切りました。仕事も終え夜になって連絡すると状態は落ち着いてるとのことだったので、明日も仕事で早いからまた時間が取れたら見舞いにでも行くよと電話を切りました。そしてその日の深夜に父親は亡くなりました。

私は今でも仕事を一心不乱にすることは素敵なことだと思っています。しかしそれが「すべて」ではないんですね。家族や近親者を大事にして生きなければいけない。「仕事が忙しい」という言葉は時に非常に便利な「言い訳」です。こんな考え方もここ最近になって思うようになりました、仕事・成長・仕事・成長、、そうやっていろんな大事な人を犠牲にしてきた時期がありました。その時々の自分の狭い見識を持ち、勘違いしたり横柄に生きてはいけません。こんな若かりし過去の反省はもう100回転して諦めました。過去は変わりませんからね。今でもまだびっくりするほど未熟者なんですが、今後も周りの人やお客さんなど「人を幸せにする為の仕事」そんな働き方を追求し、日々精進していこうと考えております。

STANDARD LIFE by RYUSO

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